日本航空クアラルンプール墜落事故から43年 事故と現在の状況

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日本航空クアラルンプール墜落事故から43年 事故と現在の状況

1977年9月27日の夕方、日本航空715便がマレーシア・セランゴールのゴム園に墜落する事故があった。この事故は「日本航空クアラルンプール墜落事故」と呼ばれており、2020年で事故発生から43年となる。

事故の概要

1977年9月27日、日本航空715便DC-8-62型は、羽田空港から香港の啓徳空港を経由し、クアラルンプール国際空港(現スルタン・アブドゥル・アジズ・シャー空港)に着陸後、シンガポールに向かう予定だった。

旧クアラルンプール国際空港滑走路への侵入降下中に、空港から約7.5km手前のゴム園(標高約80mの丘)に墜落した。

この航空機には、乗員10名と、乗客69名の合計79名が乗っていた。
事故により、乗客・乗員併せて34名が死亡、45名が重軽傷を負った。

生存者が多かったのは、墜落した場所がゴム園であり、ゴムの木を滑るようにして着地したことで衝撃が和らいだこと、また事故当時は激しい雨が降っており期待が燃え広がらなかったためとされている。

事故の原因

日本航空は事故の推定原因として下記の通り発表している。

機長が滑走路を視認することなく最低降下高度以下に降下し、滑走路末端から4海里(約7.5キロメートル)手前の標高260フィート(約80メートル)の丘に衝突するまで降下し続けたことによるものであると推定されています。
関与要因としては、数機の航空機が進入の順番を待つため待機していた悪天候下において、機長の飛行経路の監視が不十分であったこと、さらに重要なことは、副操縦士が機長に会社規定に違反していることについて、その是正を要求しなかったことにあるとされています。

JALグループにおける123便以外の主な事故より引用

墜落現場の現在

日本航空715便が墜落した場所は、マレーシアのコングロマリット企業Sime Darby Berhadが所有・管理している。

Elmina(エルミナ)というプロジェクト名で、自然が豊かな住宅地やビジネスパークの開発を行っており、日本航空715便が墜落した場所も含まれる。

City of Elmina by Sime Darby – Master Development Plan for the 5,000 acres township

Posted by Elmina Gardens Properties – City of Elmina By Sime Darby on Monday, June 27, 2016

旧クアラルンプール国際空港の現在

日本航空715便が着陸予定だったクアラルンプール国際空港(当時)は、現在のKLIAではなく、セランゴール州のプタリンジャヤに現存する空港。
現在の名前は、スルタン・アブドゥル・アジズ・シャー空港(Sultan Abdul Aziz Shah Airport)。スバン空港とも呼ばれる。

KLIAが開港する前の1965年から1998年までクアラルンプールの主要空港として機能していた。

現在は主に国内線や貨物機の発着に使用されており、Berjaya Air, Firefly, Malindo Airなどが使用している。

3つのターミナルがあり、第三ターミナルは2008年にリニューアルされ、2009年から「Sky Park」としてリニューアルオープンしている。

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